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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)7109号 判決 1990年1月26日

原告(反訴被告)

篠原公平

被告(反訴原告)

松崎光洋

ほか二名

主文

一  被告(反訴原告)松崎光洋は、原告(反訴被告)に対し、金一三五万五〇〇〇円を支払え。

二  被告(反訴原告)大塚順一は、原告(反訴被告)に対し、金一一一万一〇〇〇円を支払え。

三  被告(反訴原告)平本幸一は、原告(反訴被告)に対し、金六九万三二八〇円を支払え。

四  原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)らの原告(反訴被告)に対する反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを四分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告)松崎光洋(以下、本訴及び反訴を通じ単に「被告松崎」という。)は金一八五万五〇〇〇円、被告(反訴原告)大塚順一(以下、本訴及び反訴を通じ単に「被告大塚」という。)は、金一六一万一〇〇〇円、被告(反訴原告)平本幸一(以下、本訴及び反訴を通じ単に「被告平本」という。)は金一〇九万三二八〇円を、各々原告(反訴被告)(以下、本訴及び反訴を通じ単に「原告」という。)に対して支払え。

2 訴訟費用は被告(反訴原告)らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告松崎に対し金四〇九万三四一四円、被告大塚に対し金四二六万一一六〇円、被告平本に対し金二一九万七八二〇円及びこれらに対する昭和六一年五月九日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1(一)  原告は、後記三1の交通事故(以下「本件事故」という。)損害賠償として、治療費、休業損害等の名目で、

(1) 亡松崎文生(以下「亡文生」という。)に対し一三五万五〇〇〇円、

(2) 被告大塚に対し一一一万一〇〇〇円、

(3) 被告平本に対し六九万三二八〇円

を支払つた。

(二)  亡文生、被告大塚、被告平本は、原告を債務者として、被告らが本件事故により損害を被つたと主張して金員仮払の仮処分を申請し(大阪地方裁判所昭和六一年(ヨ)第四〇四六号事件)、昭和六二年一月六日、原告は、亡文生及び被告大塚に対し各五〇万円、被告平本に対し四〇万円を仮に支払えとの仮処分決定がなされ、原告は、これに基づき、被告らに右各金員を支払つた。

2  しかしながら、被告らは、後記四のとおり、本件事故によつて受傷していないし、損害も受けていなかつたものであり、被告らは法律上の原因なくして右金員を取得したものである。

なお、右仮処分決定に基づき支払われた金員についても、仮処分はあくまで本案訴訟を前提とし、本案で認められないことを解除条件的に暫定的応急的措置として定められたものであるから、本案で被告らが敗訴したときは当然失効すべきものであり、したがつて、被告らの利得は法律上の原因を失うことになるというべきである。また、そのように取り扱わないと訴訟経済上もおかしなことになりかねない。

それとともに、仮執行の場合については現状回復が民事訴訟法一九八条で定められているが、仮処分も仮執行もいずれも本案確定前の仮の地位であることでは共通であり、仮処分の場合についても、右規定が準用されるべきである。

3  亡文生は、昭和六二年八月二三日死亡し、相続により、同人の債務を被告松崎が全部承継した。

4  よつて、原告は被告らに対し、不当利得返還請求権に基づき、右金員の支払いを求める。

二  本訴請求原因に対する被告の認否

本訴請求原因1及び3の事実は認める。

三  反訴請求原因(本訴抗弁)

1  交通事故の発生

次の交通事故が発生した。

(一) 日時 昭和六一年五月八日午後一時三五分頃

(二) 場所 大阪府寝屋川市香里西之町二二番二八号先国道一七〇号線路上(以下本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(泉五八ぬ六二二四号)

右運転者 原告

(四) 被害車 普通乗用自動車(大阪五九の三一〇三号)

右運転者 亡文生

右同乗者 被告大塚(助手席)

同 被告平本(後部座席)

(五) 態様 被害車が、本件事故現場において、信号待ちのため停止中、原告が、前方をよく確認しないで加害車を発進させたため、加害車前部が被害車後部に衝突した。

2  原告の責任

原告は、本件事故当時、加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたものであり、また、本件事故は原告の前方不注視により発生したものであるから、原告は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条又は民法七〇九条に基づき、本件事故によつて被告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3  被告らの損害

(一) 被告松崎

(1) 亡文生の受傷内容、治療経過及び後遺障害

亡文生は、本件事故により、頸部、腰部、胸部挫傷の傷害を受け、石川整形外科において、昭和六一年五月八日から同一一月四日まで通院(通院実日数一二二日)して治療を受けたが、同年一一月一二日、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害別等級表」という。)の第一四級相当の後遺障害を残して症状が固定した。

(2) 治療費 五六万五六六〇円

(3) 休業損害 四一八万二七五四円

亡文生は、本件事故当時、露店商をして一日当たり二万八六四九円の収入を得ていたところ、前記受傷のため、昭和六一年五月八日から同年九月三〇日までの一四六日間休業を余儀なくされ、右金額の損害を被つた。

(4) 入通院慰謝料 七〇万円

(以上(2)ないし(4)合計 五四四万八四一四円)

(5) 損害の填補

亡文生は、原告から、合計一三五万五〇〇〇円の支払いを受けた。

(その控除後の残額 四〇九万三四一四円)

(6) 被告松崎の相続による権利の承継

亡文生は昭和六二年八月二三日に死亡し、その子である被告松崎が相続により亡文生の右損害賠償請求権を全部承継した。

(二) 被告大塚

(1) 受傷内容、治療経過及び後遺障害

被告大塚は、本件事故により、頸部、腰部挫傷、左大腿挫傷の傷害を受け、石川整形外科に昭和六一年五月八日から同年一〇月三一日まで通院(通院実日数一一四日)して治療を受けたが、同年一〇月三一日、後遺障害別等級表の第一四級相当の後遺障害を残して症状が固定した。

(2) 治療費 七五万六八八〇円

(3) 休業損害 三一六万五二八〇円

被告大塚は、本件事故当時、露店商をして一日当たり二万一六八〇円の収入を得ていたところ、前記受傷のため、昭和六一年五月八日から同年九月三〇日までの一四六日間休業を余儀なくされ、右金額の損害を被つた。

(4) 入通院慰謝料 七〇万円

(5) 後遺障害慰謝料 七五万円

(以上(2)ないし(5)の合計 五三七万二一六〇円)

(6) 損害の補填

被告大塚は、原告から、合計一一一万一〇〇〇円の支払いを受けた。

(その控除後の残額 四二六万一一六〇円)

(三) 被告平本

(1) 受傷内容、治療経過及び後遺障害

被告平本は、本件事故により、右胸部、頸部挫傷、右第七、第八、第九肋骨骨折の傷害を受け、石川整形外科において、昭和六一年五月八日から同年一〇月三一日まで通院(通院実日数五〇日)して治療を受けたが、同年一〇月二七日、後遺障害別等級表の第一四級相当の後遺障害を残して症状が固定した。

(2) 治療費 二三万八〇六〇円

(3) 休業損害 一二〇万三〇四〇円

被告平本は、製氷店に勤務し、一日当たり八二四〇円の収入を得ていたところ、前記受傷のため、昭和六一年五月八日から同年九月三〇日までの一四六日間休業を余儀なくされ、右金額の損害を被つた。

(4) 入通院慰謝料 七〇万円

(5) 後遺障害慰謝料 七五万円

(以上(2)ないし(5)の合計 二八九万一一〇〇円)

(6) 損害の填補

被告平本は、原告から、合計六九万三二八〇円の支払いを受けた。

(その控除後の残額 二一九万七八二〇円)

4  結論

よつて、被告らは原告に対し、本件事故の損害賠償として、被告松崎は四〇九万三四一四円、被告大塚は四二六万一一六〇円、被告平本は二一九万七八二〇円並びにこれらに対する本件事故の日の翌日である昭和六一年五月九日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  反訴請求原因(本訴抗弁)に対する認否

1  反訴請求原因1のうち、(一)ないし(三)、(五)の各事実は認める。(四)のうち、被害車に被告大塚および被告平本が搭乗していたことは認めるが(ただし、被告平本の乗車位置については争う。)、亡文生が搭乗していたことは否認する。被害車には、亡文生は乗車しておらず、被害車を運転していたのは被告平本であつた。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)について

(1)のうち、亡文生が石川整形外科に通院したことは認めるが、その余の事実は否認する。前記のとおり、亡文生は、被害車に乗車していなかつたものであり、受傷するはずがない。

(2)ないし(4)の事実は否認する。

(5)の事実及び(6)のうち、亡文生が昭和六二年八月二三日に死亡し、被告松崎が亡文生の子であることは認める。

(二)  同3(二)について

(1)のうち、被告大塚が石川整形外科に通院したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故は、加害車及び被害車の損傷状況からしても軽微な事故であり、その衝撃によつて被害車の乗員である被告大塚が負傷することはありえない。同人について、負傷した旨の診断書があるが、その主訴について他覚的所見はなく、また、左大腿部挫創という診断にしても、被告大塚は助手席に座つていたのであるから、どうしてその部位が挫創するか疑問である。

(2)ないし(5)の事実は否認する。

(6)の事実は認める。

(三)  同3(三)について

(1)のうち、被告平本が石川整形外科に通院したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告平本は、本件事故当時の自分の姿勢について「運転席の背もたれを両腕で抱え、体を半分ひねつた形で乗り出していたところ、追突により、一旦前に行つてそのあおりで後ろに戻つた。そのとき、右腕の真横あたりの胸を打ち、その後、後ろへ寄りかかつて頭を打つた。」旨述べているが、追突の際の身体の動きと矛盾し、また、右のとおり、運転席の背もたれを両腕で抱えていた以上、体は前後に動けなかつたはずであり、受傷するはずがない。そもそも、本件事故は極めて軽微な事故であり、被告平本が受傷するはずがなく、現に、本件事故直後、原告を怒鳴りつけ、また、被害車を運転できるほど元気であつた。

(2)ないし(5)の事実は否認する。

(6)の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  反訴請求について

1  本件事故の発生及びその態様

反訴請求原因1の事実は、(三)の被害車に亡文生が搭乗していたこと及び被害車を運転していたのは誰であつたかの点を除き、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一、第一一号証、第一二号証(後記信用しない部分を除く。)、第一四号証(前同)、第一五号証(前同)、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第九号証、原本の存在および成立に争いのない甲第一六号証、証人佐々木恵の証言(以下「佐々木証言」という。)によつて真正に成立したものと認められる甲第二〇号証、加害車を撮影した写真であることに争いのない検甲第一ないし第五号証、被害車を撮影した写真であることに争いのない同第六ないし第九号証、佐々木証言、被告平本本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告平本(昭和二六年一〇月一七日生、本件事故当時満三四歳)は、本件事故当時、被告大塚(昭和二三年五月二日生、同満三八歳)を助手席に同乗させ、被害車(車両重量七九〇キログラム)を運転して、国道一七〇号線の北行車線の中央寄り車線を走行し、本件事故現場となつた木屋北交差点に差しかかつたところ、前方の対面信号が赤色を表示していたため、同交差点の停止線付近でブレーキを踏んで停止中、後記のとおり追突され、被害車は前方に約二・一メートル押し出されて停止した。

(二)  原告は、本件事故当時、被害車(車両重量一一五〇キログラム)に一人で乗車し、前記北行車線の中央寄り車線を走行していたところ、前記木屋北交差点の対面信号が赤色であつたので、被害車の後方約二・四メートルの地点に停止した。そして、原告は、左側車線に停止していた車両が動き出したことから、前記信号が青色に変わつたものと速断し、前方を確認しないまま自車を発進させて約二・四メートル進行し、自車前部バンパー付近を被害車後部バンパー付近に衝突させ、加害車は約一・一メートル進行して停止した。

(三)  本件事故現場付近の道路は、平坦なアスフアルト舗装道路であり、本件事故当時の天候は晴れで、路面は乾燥していた。また、本件事故当日に行われた実況見分の際、加害車及び被害車のスリツプ痕は路面に認められなかつた。

(四)  本件事故により、被害車は、前部ナンバープレートが地上高約四二センチメートルの位置で少し内側に折れ曲がつたが、前部バンパーには明確な損傷は認められず、また、左右ヘツドランプ、フロントグリル、方向指示器にも損傷は認められなかつた。

それに反し、被害車には、後面リアパネル中央部の凹損、左右リアコンビネーシヨンランプの変位、凹損、ランプモール、ナンバープレートの変形等が認められたほか、リアバンパーが下方に変形していた(ただし、本件事故直後の被害車の損傷状況は明らかではない。)。

(五)  被害車の前記損傷状況については、自動車工学的鑑定の結果によれば、加害車のリアバンパーの高さ(約五二センチメートル)と被害車のフロントバンパーの高さ(約五三センチメートル)、加害車の損傷部位に照らし、右被害車のリアバンパーの下方への変形とリアパネルの凹損は、加害車のフロントバンパーが被害車のリアバンパーに乗り上がらなければ生成できないような損傷であり、本件のような追突では通常考えられないとされている。

また、右鑑定結果によれば、加害車の追突時の速度は時速約八キロメートル、被害車が衝突中に与えられた平均加速度は〇・七〇九g程度(急制動による減速度と同じ程度)で、被害車の乗員の頭部後傾角は一〇度までの可動範囲内であつたとされている。

2  亡文生が被害車に搭乗していたか否かについて

(一)  以上の事実が認められるところ、被告らは、亡文生が被害車を運転していた旨主張し、甲第一三号証、前掲甲第一四、第一五号証、乙第一二号証、被告平本の本人尋問の結果中にはこれに副う被告らの供述記載部分ないしは供述部分が存し、また、原告自身、警察での取調べに対して、被害車を運転していたのは亡文生であることを認め(前掲甲第一二号証)、本件事故によつて、被告大塚及び被告平本のみならず、亡文生にも傷害を与えたとして、業務上過失傷害罪で刑事処分を受けたことも認められる。

(二)  しかしながら、亡文生は、本件事故の状況について、「追突のシヨツクで前の方に倒れるようになつて、ハンドルで肋とみぞ腹の付近(肋の一番下の辺り)を強打し、気分が悪くなつた。助手席に乗つていた被告大塚が体を引つ張つてすぐに助手席の方に移してくれて、気がついたときは駐車場に行つていた。駐車場に行つてからも、助手席で、足を奥の方にやつて横になつていた。その後、大分よくなつたので、胸を押さえて喫茶店に入り、そこで初めて原告に会つた。」旨説明しているところ(乙第一二号証)、本件においては、

(1) 前認定のとおり、本件追突による衝撃は軽微であり、亡文生(後掲甲第一七号証によれば、昭和二〇年八月二日生、本件事故当時満四〇歳)がみぞ落ちをハンドルに強打して意識を失うような衝撃を受けたものとは到底信じがたいのみならず、その説明する身体の動きは物理学上の法則と矛盾していること、

(2) 右説明は、昭和六一年五月一二日の警察の取調べの際に亡文生が「追突されたシヨツクで身体が前後に大きく振られ、首筋に痛みを感じ怪我をした。」と述べたことに矛盾し、また、被告平本の本人尋問の結果中の「追突の衝撃によつて、亡文生はハンドルに顔を伏せる形で前へ倒れていた。車を降りて原告に文句を言つてから戻つてみると亡文生は気を失つて倒れたままであつた。そのとき被告大塚が亡文生を助手席のほうに引つ張り込んでいたので、自分も手を貸した。」という供述部分とも食い違つていること、

(3) 成立に争いのない甲第二、第三号証の各一、第一七号証及び証人石川清剛の証言(以下「石川証言」という。)によれば、亡文生は、本件事故当日、石川医師に対し、頸部、腰部の痛みとともに、左胸の乳首付近をハンドルで打つたので左胸が痛いと訴えているが、これは、亡文生の前記説明中の打撲部位とは異なつていること、

(4) 前掲甲第九、第一六号証、被告平本本人尋問の結果によれば、本件事故後、被告大塚及び被告平本は被害車から降りて加害車まで行つて原告を怒鳴つたこと、後続車があつたことから、原告は、被害車に少し前へ出てもらい(このときの運転は被告平本がした。)、原告は、加害車を右前方のゼブラゾーンに進行させて被害車の少し右後方に加害車を停め、降りて被告大塚及び被告平本と暫く話し合つた後、とりあえず警察に行こうということになり、被告平本が運転する被害車が先導して近くのスーパーマーケツトの駐車場に行き、そこに両車を停めたこと、そこは被告らの所属する暴力団澤田組事務所の近くであつたこと、被告大塚及び被告平本は、警察に行く前に話をしようと言つて原告を喫茶店に連れ込んだが、直ちに喫茶店を出て行き、約五分間原告を一人で待たせた後、亡文生とともに喫茶店に入つた来たこと、被告大塚及び被告平本は喫茶店での話合いまで亡文生が乗車していたことを全く述べておらず、原告は、喫茶店において初めて亡文生の姿を見たこと(亡文生も、原告には喫茶店で初めて会つたことを認めている。)、被告らは、警察での取調べが終わつてから再び右喫茶店に原告を連れて行き、そこで示談による解決を迫つたことが認められ、このように、亡文生、被告大塚、被告平本の言動には、不自然な点が多く見られること、

(5) 右の亡文生が喫茶店まで原告の前に姿を現さなかつたことについて、亡文生は、前記のとおり、本件事故による衝撃で気分が悪くなり、助手席に移動して、足を奥にして横になつていたと説明するが、この説明自体、被害車と同型車を撮影した写真であることに争いのない検甲一〇ないし第一三号証によつて認められる被害車助手席の広さ等に照らして信じがたいのみならず、運転席に倒れた亡文生をそのまま助手席に移すことには相当困難を伴い、かつ、原告に気付かれずに行うことは不可能であるとも考えられること、

(6) 亡文生の症状がその説明するほどの重篤のものであつたならば、直ちに救急車を呼ぶか、同人を病院に連れていくのが自然であるところ、被告大塚らは、そのような措置を講じなかつたばかりか、駐車場に停めた車内に亡文生を残していつたこと、また、亡文生も喫茶店で原告と話し合えるほど短時間で回復したこと、

(7) 前認定のとおり、被害車の損傷部位、程度は加害車のそれと整合していないこと、

以上のような重大な疑問が多く存するのであつて、亡文生が被害車を運転していたことに副う前記各証拠はにわかに信じがたいというべきである。

なお、原告が、警察での取調べに際して亡文生が被害車を運転していたことを認めていた点については、前掲甲第一六号証によれば、原告は、そのことを否定した場合の後難を恐れ、また、仮に否定したとしても警察官は信用してくれないのではないかと思つていたこともあつて、そのまま亡文生が運転していたことを認める供述をしたことが認められ、前記本件事故後の状況に照らせば、この点についての原告の説明は一応首肯しうるものと考えられる。

(三)  右によれば、本件事故当時、亡文生が被害車に搭乗していたと認めることは困難であり、したがつて、亡文生が本件事故当日、石川整形外科で頸部、腰部、胸部挫傷と診断され、長期間通院して治療を受けたことも、右認定を左右するに足りないというべきである。

そうすると、亡文生が被害車に搭乗していたことを前提とする被告松崎の反訴請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

3  被告大塚の受傷の有無について

(一)  成立に争いのない甲第五、第六号証の各一ないし三、甲第一八号証、乙第一三、第一四号証及び石川証言によれば、被告大塚は、本件事故当日、石川整形外科で受診し、頸部、腰部挫傷、左大腿部挫創と診断されて、以後、昭和六一年一〇月三一日まで通院して(実治療日数一一四日)、頸椎固定シーネ、湿布、投薬、リハビリテーシヨン等の治療を受けたこと、昭和六一年一〇月三一日、石川医師により、自覚症状として頸部痛、背部痛、頭痛、腰部痛、他覚的所見として後頭神経部、頸部、僧帽筋、頸部の圧痛、頸部の運動制限等の後遺障害を残して症状が固定した旨の診断を受けたことが認められる。

(二)  しかしながら、前認定の本件事故時の衝撃の程度からすれば、被告大塚が右のような傷害を負う可能性は著しく低いと考えられる上、左大腿部挫創については受傷機転として疑問があり、また、成立に争いのない甲第四号証の一、二、前掲甲第一八号証、石川証言によれば、被告大塚は、本件事故当日、頸部と腰部の痛みを訴え、頸部挫傷、腰部挫傷により二週間の通院加療を要する旨診断されたが、頸部、腰部のレントゲン検査上本件事故によるものと考えられる異常はなく、また、知覚、運動障害、神経根症状も認められなかつたこと、当日、亡文生らとともに入院を希望したが、断られたこと、左大腿部については翌日の昭和六一年五月九日に痛みを訴えたこと、その後、頭痛、背部痛も訴え、頸部痛、腰部痛とともに愁訴が頑固に続いたこと、一方、被告大塚は、昭和六一年六月一一日に市立枚方市民病院で診察を受けたが、そのときは頭部外傷Ⅰ型と診断され、神経学的検査は正常で脳波も異常なしとされた(なお、同日治癒見込みとされた。)ことが認められ、被告大塚の訴える症状については、他覚的所見に乏しいのみならず、症状の経過等についても疑問があるといわざるを得ない。

以上の点に、前認定の本件事故後の被告らの言動等を併せ考えると、被告大塚の訴える症状が真に存在したかについては相当疑問があり、前記証拠をもつて被告大塚が受傷したと認めるには足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠は存在しない。

(三)  したがつて、被告大塚の受傷については、本件全証拠をもつても未だ認めることはできず、被告大塚の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

4  被告平本の受傷の有無について

(一)  成立に争いのない甲第七、第八号証の各一ないし三、第一九号証、乙第一五、第一六号証及び石川証言によれば、被告平本は、本件事故当日、石川整形外科で受診し、右第九肋骨骨折、右胸部挫傷、頸部挫傷と診断され、約三週間後の再度のレントゲン検査により、右第七、八、九肋骨骨折が確認されたこと、昭和六一年一〇月二七日まで通院して(実治療日数五〇日)、胸部トラコバンド処置、胸部、頸部の湿布、投薬等の治療を受けたこと、骨折については次第に症状が軽快し、昭和六一年一〇月二七日、石川医師により、自覚症状として右胸部痛、頸部痛、背部痛、頭痛、右手の痺れ、他覚的所見として右胸部、僧帽筋、頸椎の両側、後頭神経の圧痛の後遺障害を残して症状が固定した旨の診断を受けたことが認められる。

(二)  ところで、被告平本は、本人尋問において「本件事故当時、運転席の背もたれを両腕で抱えていたところ、追突されて一旦前に行つて右胸を打ち、そのあおりで後ろに体が戻つたときに頭を打つた。本件事故後、暫くして胸が痛くなり、それが段々大きくなつて、息苦しくなつた。当日、石川整形外科では、右脇腹の上、膝、頭が痛いと訴えたが、息をするのも痛かつた。」と述べている。

しかしながら、前認定の本件事故による衝撃の程度及び同人の年齢から、同人が本件事故により肋骨を三本も折るような衝撃を受けたものとはにわかに信じがたいものであるうえ、同人の説明する身体の動きは物理学上の法則と矛盾していること、また、前掲甲第一五号証によれば、同人は、警察の取調べに際して、頸部の傷害のみについて触れ、右胸を強打したことについては述べていないこと、前掲甲第一九号証及び石川証言によれば、被告平本は、右胸部及び頸部の痛みを訴えたが、膝についての訴えはしていなかつたこと等も認められ、本件事故により骨折を伴うような衝撃を右胸に受けたとする被告平本の供述には疑問がある。そして、前認定の本件事故後の被告らの言動等を併せ考えると、被告平本の前記骨折が本件事故によるものとは認めがたいというべきである。さらに、被告平本が頸部挫傷の傷害を負つたかの点についても、本件事故の態様、衝撃の程度から頸部に過進展、過屈曲を強いられるような衝撃が加えられたとは認めがたい上、被告平本の訴える症状は主訴が中心であり、他覚的所見に乏しいものであることに右に説示した点を併せ考慮すると、本件事故により被告平本が頸部挫傷の傷害を負つたことも認めがたいというべきである。

(三)  そうすると、被告平本の受傷についても、本件全証拠をもつても認めることはできず、被告平本の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

二  本訴請求について

1  本訴請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  反訴請求原因(本訴抗弁)に対する判断は、前記一説示のとおりである。

したがつて、本件事故による休業損害等の名目で原告から被告らに支払われた金員(亡文生一三五万五〇〇〇円、被告大塚一一一万一〇〇〇円、被告平本六九万三二八〇円)については、これを不当に利得したものというべく、また、本訴請求原因3の事実は原告と被告松崎との間で争いがないから、原告が、不当利得返還請求権に基づき、被告らに対し、右各金員の返還を求める部分は理由がある。

3  ところで、原告は、被告らが仮処分決定に基づき取得した各金員についてもその返還を求めるところ、本案判決で被保全権利の不存在が確定したとしても、そのことにより仮処分決定が当然に失効するものではないと解され(本件については、本案についての判断も確定していない。)、仮処分決定が未だ取り消されていない本件において(当裁判所に顕著な事実である。)、被告らの利得が法律上の原因を欠くに至つたものとすることはできないというべきである。また、仮処分決定を取り消し、併せて現状回復を命ずるような場合は格別、本件のような場合において、民事訴訟法一九八条二項を準用ないし類推適用すべきものとも考えられず、したがつて、この点に対する原告の請求はいずれも理由がないというべきである。

三  結論

以上のとおりであつて、原告の被告らに対する本訴請求は、主文第一ないし第三項に記載した限度でそれぞれ理由があるから認容し、その余はいずれも失当として棄却し、被告らの原告に対する反訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 二本松利忠)

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